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団塊オヤジの知的好奇心生活

不況は物を大切にする心に貢献!

  • 2009年1月 4日 18:35
  • 雑感

近頃自宅の近くで「アウトレット」の店が続々開店した。また、リサイクルショップ、修理屋が大流行だそうだ。使えるものは出来るだけ修理してでも使い、出費を減らそうとする自己防衛策なのだろう。
昔は衣類、靴等何でも修理する店があった。人件費が安く、物が高かったからである。
それが最近逆転してしまったため、修理するより、買ったほうが安い時代に入ったのだ。使い捨て商品の出現はまさに象徴的である。
歴史的の不況は昔の生活に戻らせた。これは「ECO生活」にも通じ、時流にのっているのかもしれない。
物を大切にする心から人間を大切にする心も養いたいものだ。

預金するならネット銀行が断然得!

  • 2009年1月 3日 18:01
  • 雑感

日銀の金利引下げにより、ほぼ0金利になった現在、年利1%以上を確保しているネット銀行がある。もちろんペイオフによって保証されている。これらの銀行はともかく人件費を抑えている。キャッシュカードはない、振込専用、通帳なし、従って行員の数は少なくいわば預金者の「セルフサービス」によって高金利が達成できるのだろう。
都市銀行の窓販の執拗な勧誘などなく、インターネットで簡単に預金ができる。
私は預金は全てネット銀行にするつもりだ。
都市銀行、地方銀行は公共料金、クレジットの決済用だけで十分だ。
それと財布代わりに利用しているのがMMF、こちらは元本保証ではないが、元本割れはまずない。
それと低位株の保有で短期売買をして少し稼いでみよう。但し、現物株に限る。
投信や外債を買わされ大損をした人が沢山いた。わけのわからないものには、いくら勧誘されても手をだすべきではない。FXも博打同然だから禁止。
0金利の時代、賢く資産形成をしようではないか。

飯島愛にみる「はなやか芸能人」の末路

  • 2008年12月28日 21:43
  • 雑感

飯島愛は太く短く生きた人生だった。何の特技を持っていない同氏が女の武器を駆使してマスコミに売れ始めたのだ。これも同氏の頭のよさがそうさせたのであろう。精神的疾患が死因とされていることからもうなずける。
芸能界に身をおいた人間は普通の生活には戻れないという。それほど芸能界は特殊の世界であり、麻薬的といえよう。
芸能人がよいか、平凡人がよいか、それは本人の価値観による。「山口百恵」等はレアケースといえよう。
細く長く生きるのなら平凡人に限る。所詮人間は生きていてこそ人生だ。
マスコミ界の高額ギャラが人生を変える。景気悪化の折、広告収入の激減でマスコミ界は構造不況業種になるだろう。そうすればタレントはサラリーマン並みの収入になる。返って芸能人が平凡人になる絶好のチャンスかもしれない。

雇用の調整弁=労働者派遣事業法を見直すべきだ

  • 2008年12月26日 22:56
  • 雑感

世界的な経済危機が深まる中、国内の雇用情勢悪化が加速している。厚生労働省のまとめによると、雇用契約が更新されなかったり途中で打ち切られたりする「派遣切り」が製造業を中心に広がり、今年度内に職を失う非正規労働者は8万5000人(12月19日調査時点)に上った。製造業の非正規労働者は100万人と言われ、その8%もの人が半年のうちに職を失う計算だ。

現在の派遣業者は昔の「人買い稼業」に近い。決まった派遣先と雇用契約を結んだ後、派遣社員を採用する。派遣先=派遣社員となっていて派遣元は仲介業者にすぎない。職安法違反の隠れ蓑として、派遣事業法が制定されたとしか思えない。
派遣業者は人材を常にプールしておいて、「派遣切り」があった場合外の仕事に就かせるようにしなければならない。そうでなければ「人買い稼業」でピンハネして利益を得ている企業そのものだ。
不況になって派遣業者の実態が明らかになった。派遣先も「雇用の調整弁」として派遣業者を利用していた、まさに同罪だ。
製造業に派遣社員を入れないよう見直すべきだ。

大学卒業認定の厳格化を留年の増大にさせるな!

  • 2008年12月24日 21:58
  • 雑感

大学の学部(学士課程)の教育水準の向上を検討していた中央教育審議会(中教審)は24日の総会で、成績評価や卒業認定について厳格に判断することなどを求めた報告をまとめ、塩谷立文部科学相に答申した。具体的には、学内で統一した評価基準をつくり、学力を的確に把握するよう促している。
「大学全入時代」を迎えた一方、約半数の私大が定員割れし、地方の小規模大学を中心に経営難が深刻化するなど、大学の抱える課題は多い。学生の学力低下も指摘されており、中教審では平成19年3月から議論を進めていた。
最近景気悪化により、駒澤大学をはじめ大学の資産損出が発表された。少子化により大学も資産運用をしなければならなくなった。そうかといって大学は営利企業ではない、デリバティブ商品のようなハイリスク・ハイリターンに投資するのはいかがなものか。
最近の学生は勉強をしない、従って学力も上がらない、ここは大学側の努力が必要だ。やる気をおこさせる教える側の責任もある。
画一的な試験を行いこれに合格しなければ単位不足で留年、大学では定員確保のためには一向に大学経営の上からは問題ない。大学側は学生のやる気をおこさせる努力をし、学力向上を目指しての卒業認定の厳格化といえよう。
私自身数校の大学を卒業しているが、勉強好きと好奇心の結果だと思っている。

M-1グランプリを見ていて感じたこと!

  • 2008年12月21日 21:12
  • 雑感

若手漫才の日本一決定戦「M-1グランプリ2008」の決勝戦が21日、決勝進出者に敗者復活戦の勝者を加えた9組で争われ、NON STYLEが優勝。見事にM-1覇者の称号と賞金1000万円を手にした。
今時の漫才はこういうものがうけるのかと思った。お笑いものは馬鹿らしくて普段は見ない。久しぶりに家族と一緒に見ていて感じたことがある。
内容よりもテンポのよさが重視され、やたら相方を叩く、ともかく聞かせる漫才には思えない。
じっくり聞かせる漫才が昔はあったように思うが、時代の速さと同様にリズム感がなければうけないのだろうか。
私個人は「ナイツ」の漫才が気に入ったが、大勢は「NON STYLE」に傾いたようだ。
「NON STYLE」のような漫才が優勝するようなら、もう漫才は見たくない。

「赤字」企業スポーツの休廃部は当然だ!

  • 2008年12月19日 22:05
  • 雑感

金融危機に伴う世界同時不況の波が、ついに日本スポーツを襲い始めた。モータースポーツからの企業撤退に続き、アメリカンフットボールやアイスホッケーの企業スポーツでも解散や廃部の動きが出てきた。
本来 企業スポーツは広告塔の役割もあるが、儲かっている企業の余禄の産物だ。社員等のリストラが大量に出ている現在、本業以外のスポーツに金をかけられる余裕はないはずだ。
企業は出来るだけ雇用確保に邁進すべきだ。失業者があふれているのに悠長にスポーツなどやっていられない。
スポーツは健康保持のためならば金はかからない。商業化しているスポーツは自粛すべきだ。

元々スポーツ産業などの類は存在しなくてもよいように思えるが。

個人情報保護法検定試験に合格しました

  • 2008年12月14日 20:39
  • 資格

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本試験に合格すると画像のように個人情報保護法スペシャリスト認定書が送られてきます。なにか大層立派なものの様ですがたいしたことはありません。
それよりも一番のメリットは個人情報保護士認定試験の科目免除があることです。「個人情報保護の総論」が免除になり、60問を90分で「個人情報保護の対策」を受験することになります。
団塊オヤジは個人情報保護士を受けましたが、不合格になり、今日「個人情報保護士認定試験」を受験してきました。結果は負担も軽く脈がありそうです。合格したら載せます。

資格についてはこれからもチャレンジするつもりです。

心が豊かであれば生活は質素でよい

  • 2008年12月14日 16:26
  • 雑感

景気悪化により賃金が下がり、自動車、家電等の耐久消費財が売れない。ましてや宝飾品等は贅沢そのものだ。本来人間には物欲があり、贅沢したらきりがない。大抵の家では家電製品は充足している。そのために電機メーカは売れなくなり、業績は低迷している。ソニーは大幅のリストラ計画を発表した。
映画「オールディズ3丁目の夕日」を考えたら現在の生活がいかに贅沢かわかる。生活の贅沢は必要ない。演歌ではないが「ボロは着てても心は錦」の精神で生きていけばよい。

それこそ「知的好奇心」を養う絶好のチャンスだ。

小中の携帯「全面禁止で構わない」 官房長官が同調 団塊オヤジも賛成

  • 2008年12月 4日 21:52
  • 雑感

大阪府教委が、公立小中学校の児童・生徒の携帯電話持ち込みを原則禁止する方針を示したことについて、河村官房長官は4日の記者会見で、「小中学生が携帯電話を学校に持ち込むということは、私は全面禁止して構わないと思う」と同調した。
携帯電話が普及し始めたのはここ10数年前からだ。それまではなかった物だ。大人も子供もいざという時は公衆電話等で連絡していた。また家に帰っての書置きで十分用が足りていた。携帯電話は連絡手段としては大変便利な利器であるが、小中学生はおそらくメールやゲームに使用しているのだろう。これでは勉強の妨げになり、便利な利器が悪者になってしまう。学校に携帯電話を持っていく必要性がない、働いている親もいて連絡手段として使うことも考えられるが、学校にまで連絡することはない。

文明の発達によって生まれた携帯電話も「文化」ともいえるが、使い方次第で賢者にもなるし、愚者にもなる。そこに情報社会の罪深さがある。

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