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アマチュア無線~プロ無線 そして衰退へ 第7回

15年位前の話ですが、まだ郵政省電波監理局といった頃です。

無線局の運用・保守の仕事に従事することになりました。私も選任されていたので「無線従事者」ということになります。固定局が100以上ありました。その統括といっていいでしょう。

技術的の保守は業者に委託していましたが、運用に伴う事務的作業が膨大でした。無線局の移設に伴う変更届そして場合によっては電監の検査になりますが、無線局の数が多いため一ヶ月に1局位の割合になります。そのために一ヶ月に一回は電波監理局に足を運びました。


何よりも5年に1度の「定期検査」これが大変でした。数が多いため毎年数十局を1週間位かけて検査を受けました。遠方の無線局では電監検査官と宿泊したこともありました。電監検査官は2人できます。大抵事務官と技官のコンビです。

その当時の検査官といったら「神様」みたいな存在に私には見えました。検査の時の宿泊先や昼食の手配、そして最終日のお土産まで考えていました。
何しろこの検査終了後すぐに「無線検査簿」に合格か指導の「判定講評」が行われるのです。
そのために気の使いようは並大抵ではなかったです。
そして最終日には飲食店での接待も行われることが多かったです。

事務の簡素化により、定期検査は認定業者による試験でよいことになり大幅に定期検査の受検
は軽減されました。

その当時の国の立入検査は外の省も似たり寄ったりだったのだと思います。

その後電波監理局は総務省に移管され名称も変更されましたが、その時には転勤していたので詳細はわかりません。

さてアマチュア無線ですが、その当時ローカルでは430NHz帯での交信が主流で「メインチャンネル」即ち呼出チャンネルがJARLの自主的バンドプランで作られました。

430MHZ帯はバンド幅が大きいため144MHz帯と比べて圧倒的にチャンネルが多く間違いなくQSOできました。レピータ運用も行いより遠方までクリアーに交信出来ました。ただ時間制限があったのが難でした。


クラブ局でのロールコールもありまして各局を順番に回していくのです。決まったチャンネルで決まった日時に定期的に行われました。自分のイベントやたわいもないQSO[も今では懐かしく思い出されます。


リグは初期にはYAESU 「FT720」 ハンディではICOM「IC03N」 モービル及びホームではYAESU「FT-3700H」を使用していました。 さすが430MHZ となるとロケーションにより感度は相当違います。
ハンディは覿面に影響を受けました。

その頃JARL終身会員(現在はないようです)となったのですが、皮肉にもだんだん疎遠になってくるのです。

続きは第8回でよろしく~。


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